自己実現というものがあります。
一番下にあるのが生存欲求、生理的欲求です。
今日この瞬間を生き延びたいという欲求です。
今日生き延びられることが明らかになると、安全欲求が生まれます。
食べ物があり、飲み物があることがわかると、次に安全にその状態を継続させたい
という欲求が生まれるのです。
そこで誰かに盗まれたり自然災害によって被害を被ったりしないように、
家をつくったり、備蓄したり、物流システムを備えたりします。
これら生存欲求と安全欲求の二つの段階は、「物」によって満たされる欲求です。
そして、その上の三段階が、「心」の部分の欲求です。
安全欲求の上に、愛と所属、もしくは仲間欲求があります。
自分が生き延びられること、安全であることが満たされたら、
人は次に仲間を求め始めるのです。
ここでの愛とは、自分を受け入れてくれる家族やコミュニティーの存在です。
家族や仲間、コミュニティーなどのグループを得ると、今度は、その中で
かけがえのない存在でありたい、その中で認められる存在でありたいという欲求を抱きます。
No1でなくてもいい、サボーターでも、参謀でもいい。ただしアウトローや反逆者ではなく、
グループの中で価値ある存在になりたい、省かれたくないという欲求です。
価値ある存在として認められるようになると、次に自分自身の生きる目的などが
社会にとって有益にもなってほしい、そうなれば心からうれしい、という欲求が生まれます。
これが自己実現の欲求です。
この欲求が満たされると、人は社会からの応媛を受けながら、
調和の中で生きたいように生きることができます。
自己実現とは、自分だけが望みを達することを言うのではありません。
その人が結果を出すことを周りが応援し、その人がその人らしく生きることを
周りが望み、その人がそのように生きることが周りの人の力づけになって多くの人が
喜んでくれる、そういう生き方のことです。
マズローは、人が基本的な欲求から満たしていき、最後の自己実現の段階までくると、
時折、本当に幸せで今死んでもかまわない、といえるほどの至高体験をすることもある、と言います。
ですが・・・
昨今の日本の社会は段階が逆転しているようにも感じます。
それは
マズローは人の欲求をこのように五段階に区分しましたが、
ここで日本社会のことを考えてみると、奇妙な逆転があることに気づきます。
日本では、一番目の生存欲求と二番目の安全欲求は、ほぼ満たされているといっていいでしょう。
問題は三番目以降の、心の欲求です。
例えば私が師と仰いでいる岸コーチが度々口にする今の受験というシステム。
「あなたが定められた基準において評価されるような点数をとれば認めてあげよう。そして学校に入れてあげよう。」です。
愛と所属、そして仲間を求める欲求が満たされた後に、価値ある存在として認められたいという欲求が生まれるマズローの段階とはあべこべです。
他にもありがちな会社の人事では
「君が結果を出したら、左遷せずにこの部署に残してあげよう。」これも同じです。
この場合、人は愛や仲間を求める欲求が満たされないまま、次の段階に進むことになります。
そして次の段階で、満たされていない欲求を満たそうとするのです。
これを欠乏欲求といいます。
欠乏欲求をもった人は、愛されない代わりに、評価されることで注目を浴びようとします。
お金で、地位で注目を浴びようとします。しかしそうした人は、地位やお金を得て、
注目を浴びれば浴びるほど孤独になっていきます。
お金や地位に集まってくる人はいても、”愛”してくれる人はいないからです。
頭ではそのことがわかっているのですが、地位やお金を失えばもっと孤独になっていくことも
理解しているから、それが怖くてさらにお金や地位を得ようとします。
この欠乏欲求は、果てしなく続きます。
この話とコーチングとはどんな関係があるのだろう?と疑問を感じた人がいるかもしれません。
実は、こうした自己実現をむずかしくする逆転現象を補うのがコーチングであり、
コーチングのパートナーシップです。
日々運営している整骨院経営もご縁がある患者様やそのご家族も潜在的にコーチングが必要と感じています。
人はコーチングのパートナーシップを得て、つまり自分を認め、
価値ある存在として承認してくれる人を得て、より自分を高めていくことができるのです。
安心・安全の関係を築くことで欲求が満たされるということです。
オリンピックの各国のチームもそうした欲求が満たされ結果につながるのではと感じています。